夜中の2時にSlackが鳴ります。
DX推進室の担当者からのメッセージ:「PoC の報告書、明朝までに作ってもらえませんか…」
こんな場面、現場から何度も見てきました。
兼務状態の DX 担当は、昼間は本来業務(営業企画、システム部門など)をやり、夜間や休日に DX の仕事をする。
もう、これは「働き方改革」の名に値しません。「経営が現場を搾取している」に等しい状態です。
でも、その担当者本人が「頑張ります」と言い張るから、経営層は気づかない。
気づきたくないのかもしれません。
だって、「DX に専任人員を割く」となると、予算も時間も覚悟が必要だからです。
でも、ここを見て見ぬふりをしている限り、DX は進みません。
「兼務」が DX を殺すメカニズム
兼務の何が問題か、論理的に説明します。
DX は、本来業務と違う特性があります:
| 項目 | 本来業務 | DX |
|---|---|---|
| ゴール | 明確(売上、効率化など) | 不確実(やってみないとわからない) |
| 優先順位 | 部門内で固い | 全社影響があり、経営の判断が必要 |
| 時間軸 | 短期(月単位) | 中期(四半期〜年単位) |
| スキル | 本来業務のプロ | DX横断的なスキルセット |
「売上目標達成」と「DX 推進」を同時にやれ、というのは、本質的に矛盾しているんです。
短期の売上数字が危なくなると、本来業務を優先します。
DX は「余った時間で」という二の次になります。
結果、DX は進まず、担当者は疲弊し、「あの人は根性がないから」と評価までされてしまう。
これは、個人の問題ではなく、組織設計の失敗です。
公共・金融機関は「兼務ダメ」という圧力が強い
興味深いことに、公共団体(自治体)や金融機関では、兼務の問題が明確に可視化されています。
自治体では「DX 推進計画」の中で、「専任の DX 人材配置」が KPI として組み込まれています。
金融機関では「IT ガバナンス」の一環として、「IT 部門の機能分離と権限明確化」が求められています。
つまり、規制側からして「兼務では DX は成功しない」と言っているわけです。
民間企業は、このシグナルを受け取って、同じように設計すべきです。
「兼務禁止」への反発と、その先にあるもの
「でも、うちは人がいないから、兼務しかないんですよ」
この言葉、何度も聞きました。
でも、これは「人がいないから兼務」ではなく、「兼務を許す体制だから、人が育たない」という順序の違いなんです。
兼務体制では
- 新しい人は来ない(ブラック企業だと思われる)
- 今いる人も育たない(DX スキルを磨く時間がない)
- 結果、「やっぱり人がいない」という悪循環
これを突破するには、「兼務を禁止する決断」が経営に必要です。
すると、3つのことが起こります:
① 外部人材の活用が活発化
DX の専任が明確になると、「では、DX コンサルタントを入れよう」という判断が取りやすくなる。
兼務体制では「忙しいから相談できない」と現場が遠ざかっていたコンサルが、専任体制では「このテーマを相談しよう」と活用される。
② 社内人材の育成が始まる
新入社員や中堅社員で「DX キャリアを歩みたい」という人が出てきます。
兼務ではそれが抑圧されていたのが、専任になると初めて育成が可能になる。
③ ミッションが明確化
兼務では「何をするのか」が曖昧でしたが、専任になると「半年でこれを達成する」という目標設定ができる。
今週、経営が決めること(1つだけ)
「DX 推進室(または CIO 直轄組織)の人員を『最小限、1人以上』専任配置する」
具体的には:
- 最初は 1 人でいい。その 1 人は「他の仕事は一切やらない」という宣言。
- 予算は「その 1 人の給与+外部コンサルの予算」で OK。
- ただし、「この 1 人の成果は何か」を明確にしておく(例:「Q4 までにこの 3 つの PoC を実行」)。
1 人の専任がいるだけで、驚くほど風景が変わります。
その理由は単純:「決断が速くなる」からです。
兼務だと「月1回の会議でしか判断できない」が、専任だと「毎日判断・対応できる」。
金融機関の「IT ガバナンス」という厳しい圧力
第3回の火曜日で「規制が攻めるためのガイドライン」という話をしました。
その中で「IT 部門の機能分離」という項目があります。
これは「IT 部門が営業部門の兼務をするな」という意味だけでなく、「DX のような新規事業の責任を、既存業務の管理者に兼務させるな」という趣旨です。
金融庁から見れば、「兼務体制で DX を進める=ガバナンスが効いていない」と判断されるわけです。
この基準は、金融機関だけではなく、すべての企業にあてはまります。
問いかけ
DX 担当者は何時に帰社していますか?
土日に Slack をチェックしていませんか?
その人は「本来業務との兼務」を強いられていませんか?
もし「はい」だとしたら、それは個人の「根性と努力」ではなく、経営の「組織設計の失敗」です。
来週の金曜日は、同じく「人手不足」という課題を、セキュリティ側からどう解くかという「ゼロトラストの導入順」について語ります。
参考資料
- 総務省「自治体DX推進における人材配置の重要性」
https://funtre.co.jp/lab/local-government-dx - AI経営「自治体DXの課題:人材不足と兼務問題」
https://ai-keiei.shift-ai.co.jp/local-government-dx-challenges/ - 金融庁「金融機関のITガバナンスに関する報告書」
https://www.fsa.go.jp/news/r3/20220630/it02.pdf