毎月、経営層に PoC(Proof of Concept)の報告をしています。
「この月は AI チャットボット、クラウド移行、RPA の 3 つの PoC を回しました。予算は 300 万円です」
経営層は一度うなずきます。
でも、半年後、その 3 つは全部消えています。
「結局、導入に至りませんでした」
「別のベンダーの方が良さそうなので」
「組織の合意が取れませんでした」
そして、翌月も同じことが繰り返される。
300 万円、消費。何も残らない。
これが「PoC 貧乏」です。
実験をすることは大事です。
でも、実験が「消費」になってしまっては、本来の目的を失っているんです。
PoC は「賭け」ではなく「学習」である
PoC を打つ組織は、大きく 2 つに分かれます。
タイプ A:「これが正解か、外れるか」という賭け感覚で PoC をやる
→「成功」「失敗」の二者択一。失敗したら「次の実験に行こう」
タイプ B:「この技術は、どんな場面で、どの程度の価値があるか」を学ぶために PoC をやる
→「学んだこと」が資産になる。次の判断に活かされる。
PoC 貧乏は、だいたいタイプ A です。
「AI チャットボットの PoC」をやった。
でも、「このチャットボット、顧客対応には使えないが、社内 FAQ には使える」という学習が残っていない。
「別プロジェクトで同じベンダー選びをする時」に、その経験が活かされていない。
つまり、**PoC の成果物は「システムの動作」ではなく「得られた知見」**なんです。
その知見がなければ、実験は「消費」です。
なぜ知見が残らないのか
現場から聞こえてくる理由:
- 「PoC チーム解散したら、誰も覚えてない状態になっちゃった」
- 「報告書は書いたけど、経営層がちゃんと読んでない」
- 「次のプロジェクトは別部門が担当するから、知見の引き継ぎがない」
これらは、全部「組織設計の問題」です。
第4回の火曜日で「兼務は失敗」という話をしました。
同じことが PoC にも言えます。
PoC を兼務で回すと
- 担当者は、本来業務をしながら深夜に実験をしている
- 本来業務が優先されると、PoC は中断される
- 「急いで報告書をまとめて、チーム解散」という流れになり、深い学習が残らない
火曜日の「DX 専任を置くべき」という話は、実は「PoC を深掘りするために、人を専任で張り付ける」という意味でもあるんです。
「学習」を組織に蓄積させる 3 つの仕組み
では、どうするか。
① PoC の「学習目標」を事前に明確にする
PoC を打つ前に、「このプロジェクトで何を学ぶか」を書いておく。
例えば:
- 「このベンダーの A 機能は、ウチの営業プロセスに適合するか」
- 「この技術導入に必要な社員教育コストは?」
- 「この方式は、うちの既存システムと連携できるか」
「成功か失敗か」ではなく**「このことが判明したら PoC は成功」という条件を決めておく**。
② PoC チームに「ナレッジ係」を置く
PoC チーム(通常 3~5 人)の中に、「このプロジェクトから何を学ぶか、整理して残すこと」を専任する人を 1 人置く。
その人の責務:
- 日々の議論をまとめる(単なる報告書ではなく、判断の論理を記録)
- 「次に同じテーマをやるなら、この点を先に確認しろ」という「引き継ぎメモ」を作る
- 経営層や他部門への「説明資料」を作成(単なる結果報告ではなく、「何が分かったか」を伝える)
③ PoC の学習を「ナレッジベース」に蓄積
Wiki や Notion などで、過去の PoC の知見を管理する。
- 「チャットボット PoC:導入可能性、コスト、学習曲線……」
- 「クラウド移行 PoC:このベンダーはセキュリティ要件をクリアできるか、コストの実績値は……」
次のプロジェクトで「あ、これ前にやった」という参照ができるようになる。
自治体・金融機関での「PoC ガバナンス」
公共や金融では、既に「PoC の学習管理」が制度化されています。
自治体の DX 推進計画では「PoC から本格導入への移行基準」が定められています。
つまり、「PoC で何を学ぶ」「何が判明したら次に進める」という条件が事前に書かれているんです。
金融機関の IT ガバナンスでも「新技術導入には PoC の実績を条件とする」という規則があります。
これは単に「試しにやってみよう」ではなく、「過去の PoC 知見をもとに判断する」という意味です。
民間企業も、この「ガバナンス」を取り入れるべきです。
今週、経営が決めること
「全ての PoC は『学習報告書』を必須とする」という 1 つのルール。
その報告書に含めるべき項目:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| PoC の目的 | 「何を学びたかったか」(事前に設定) |
| 実施内容 | 「何をやった」 |
| 判明したこと | 「結果、何が分かったか」(成功失敗ではなく、学習点) |
| 次のアクション | 「この知見をどう活かすか」(本格導入 or 別アプローチ or 保留) |
| 他プロジェクトへの示唆 | 「同じテーマをやる時に、この点を先に確認しろ」 |
これを 5~10 ページで書く。
経営層が読むのは「判明したこと」と「次のアクション」だけでいい。
でも、その背景にある「学習」は、組織に残る。
PoC チーム解散のルール
重要な 1 点:「報告書が完成して、他部門に引き継がれるまで、チーム解散はなし」
これだけで、質は劇的に上がります。
なぜなら、「ちゃんと整理して引き継ぐまでが責任」という意識が生まれるから。
問いかけ
去年打った PoC、何個ありましたか?
その中で「学んだことが、次のプロジェクトに活かされた」というケース、何個ありますか?
もし「ほぼゼロ」なら、それは PoC 予算が「消費」になっているシグナルです。
来週の金曜日は「セキュリティチームの人材育成」について。PoC で学んだことを、どう組織に定着させるかという話です。
参考資料
- Funtre「自治体DXにおけるPoC管理の実践」
https://funtre.co.jp/lab/local-government-dx - 日本総研「金融機関のIT投資とPoC戦略」
https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=108726 - 金融庁「金融機関のITガバナンスに関する報告書」
https://www.fsa.go.jp/news/r3/20220630/it02.pdf